ゴルフの規則は何んとしても難何物である。
其聲(こえ)を聞くや年既に久しと云ふ程の大袈裟でもないが、事件が起れば甲論乙駁(ばく)倶樂部の夕は甚だ活氣を呈する。
法學者の説く所に依れば、英國の法律は總て古來よりの慣習を成文化したまでとの事である。英國で出來たゴルフ法も矢張りそれなのであらう。
故に斯(しか)る場合には斯樣(かよう)にすると習慣的に覺えてる事は何んでもないが、之迄になかつた事件が何にか一つ起ると甚だしく難關に逢着する。
勿論之を規則に照しては見るものの規則の條文は大味に出來てるから、其事件は合法非合法何れの方にでも考へ得られて始末が惡い。
従つて世界中のゴルフ倶樂部から此規則の制定者である英國セント・アンドリユースに疑問の諸點(てん)をば問合せて其判定を求めるのも蓋し當然(とうぜん)の歸趨(きすう)で、亦事實此判定なるものが判例として存在するので漸く規則の不備を補足してる觀がないでもない。
之が規則を讀んだだけでは埓のあかぬ次第であり、規則が難物と稱(しよう)せられる所以だと思ふ。
ところで判例なるものは隨時發せられるものであり、規則それ自身も數度の改訂を經たのであるから、判例も或る程度の參考には成り得ても總てが解釋の指針たるわけにならぬ。
然し何んとしても此判例は甚だ重要なものであり、此註解を書くにしても絶對的に必要のものであつた。