ゴルフの図書館
GOLF絶版図書館
2006.1.25
日本のゴルフの原点が、ここにある
 

■原本
西村貫一『日本のゴルフ史』
・発行=昭和5年9月25日
・発行所=文友堂
・ B5判559頁/定価=限定版(表紙白、三方金、アート紙)15円/普通版(表紙緑、天金、普通紙)10円
・国立国会図書館にて閲覧可能
・現在、雄松堂出版から復刻版が刊行されている。定価1万8900円(税込)

原本写真1
表紙には神戸GCの風景が描かれている

■著者
 明治25年(1892年)〜昭和35年(1960年)。神戸・栄町の老舗西村旅館の七代目当主。

 大正4年、まさ夫人と結婚、おしどりゴルファー。

 鳴尾、茨木等のクラブ・チャンピオンにもなったが、昭和6年、全てのゴルフ会員権を処分してゴルフから足を洗った。

 同氏のゴルフ文献のコレクションは、JGAゴルフミュージアムに所蔵されている。

原本写真2
著者・西村貫一の夫人「まさ」は、日本女性ではじめて70代を出し、ホールインワンを記録している

■解説
 日本のゴルフ倶楽部第1号神戸と、続いておこされた横屋の誕生のいきさつを足と目で確かめて記録した、わが国最初のゴルフ史書。当時の競技会の記録もそっくり収められている。

 本書の装幀は芸術院会員の小山敬三画伯、表紙には神戸ゴルフ倶楽部のコース風景を、裏表紙には着物姿のキャディボーイを金箔で押してある。

 上記の一文は鳴尾の開祖である英国人、すでに記憶力も弱っている78歳のウイリアム・ジョン・ロビンソン翁を訪ねたときの聞き書きの一部である。 。

原本写真3

横屋ゴルフアソシエーションを築いたウィリアム・ジョン・ロビンソン。
後に日本人初のプロゴルファーとなった福井覚冶にゴルフを教えたのもこのロビンソンだった

『第二章 横屋ゴルフ アソシエーシヨン』  西村貫一

 私はなる程と聞いてゐます。ふと思ひ出した友人範多君より貰つたGuttie(ガッティ) ball の事を思ひ出しましたので、

「先日、昔範多さんが使つてゐたGuttie ball を貰ひまして、打つて見ましたが、變な音がしました、飛びませんね」

「それほんとうに飛ば無い。私嫌い。Guttie は冬堅くなる。私の木のクラブ二本も壞した。寒いの時、温い水に入れて熱くする。それよく飛ぶ」

「横屋のキヤデーは一日幾らしましたか」

「一日二十五銭。鳴尾四十銭」

「その當時一日ゴルフするのに費用は、どれ位あればよかつたのですか」

「皆晝食(ちゅうしょく)持ちます。辨當(べんとう)。一日九十六銭位要る」

「横屋では」

「それより少ない」

 判じ物の様な會話であります。

「貴方いつ日本に來られましたか」

「一八七三年支那に來る」

「日本には」

「その時一度日本に來た。日本美しい國と思ふ。一八九八年に神戸に來る」

「ゴルフは英國で初められたのですか」

「私四十五の時、日本でゴルフ初めて遊ぶ」

「誰がその當時のロング ヒツターでしたか」

「勿論、私」

「どれ位飛びましたか」

「私、初め第一番飛ぶ。後でA.T.White來る、ドライビングのコンペチシヨンある。ホワイトの球低い低いの球、澤山のランある。私負けます。けれど私の球は高くキヤリーの球、ほんとうの球。これ違う」

 ホワイトの球はトツプド球で、俺の球はちやんと正式に打つた球だ、負けはしたが球筋を見て呉れと云つてゐる所を察して、私はロビンソン氏はゴルフアーだと思ひました。
(後略)

[了]
監修・文/鈴木康之
資料・文/森口靜彦
*隔月刊誌チョイス 2005 No.148より


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