ゴルフの図書館
GOLF絶版図書館
2005.11.02
夫婦でゴルフ。夫の思いと妻の嫉妬。
 

■原本
中河與一『ゴルフ―― 一名、鏡に這いる女』
・発行=昭和9年10月25日
・発行所=昭和書房
・A5判232頁(「ゴルフ」は5〜32頁)/定価=2円50銭
・500部限定
・国立国会図書館にて閲覧可能
・現在、松村書館から中河與一『鏡に這入る女』(B5判普及版/44頁/初版1980年/定価1575円税込)と限定版が発行されている

「飛天の素描」原本写真1

■著者
 中河與一。明治30年(1897年)〜平成6年(1994年)。
 大正11年、早稲田大学英文科を中退。
 大正13年、川端康成、横光利一、片岡鉄兵らと雑誌『文芸時代』を創刊、新感覚派運動を興す。
 代表作の「天の夕顔」が有名。

■解説
 発表されたのは雑誌『文藝春秋』昭和6年10月号であった。その後、本書を含め、昭和12年に版画荘から、42年に角川書店から、55年に松村書館から発行されているが、その都度、加筆され、ゴルフ用語や表現が変えられている。

「海底の貝」原本写真2

 ケース、表紙の装丁が際立って美しい。作家自身が心酔していたフランスの画家ラウル・デュフィに直接手紙を書き、作品のあらすじを添えて依頼。

 年が明けて諦めていたところ、待望の3点の絵が届き、装丁が仕上げられた。

 文学的評価の高さに加え、デュフィの美術とのコラボレーションによって芸術的評価が一層高まったといわれている。

原本写真3

この「ゴルフ」は同人誌「コギト」「日本浪漫旅」を主宰した戦前の人気評論家、安田與重郎が絶賛したことでも知られる

原本写真4

昭和6年の「文芸春秋」十月号に発表されて以来、何度も絶版、復刊されている。
3万6750円の限定版(地方・小出版流通センター扱い)も現在購入が可能

『ゴルフ―― 一名、鏡に這いる女』  中河與一

 二人は又默つて歩いてゐた。默つてゐると久里のゴルフ・ズボンが道化役者のやうに餘計にブタブタに揺れておかしくみえた。

「お前もこの町は初めてだらうね。」
「えゝ。」
「僕達も隨分方々を廻つたね。」

「長い間私達は苦勞しましたわ。だけどそんな苦勞は何んでもなかつたわ。今から思ふと皆たのしかつたの。貴方があの人の事を思ふやうになるまでは。」

「ルイーゼ。それは間違ひだよ。そんな事はもう言はん事にしてくれよ。」

「…………」

「わたくしだつて言ひたくはないの。だけどつい出るの。」

 少年(キヤデイ)からミツド・アイアンのクラブを受取ると、又無心の形をしてルイーゼが草の中にある白い球を打つた。浮きあがつた。少しトツピングがかかつたので球は低く蝶々のやうに地面を摩りながら遠くまで飛んだ。久里が打つた。それから又歩いた。その間にルイーゼがスライスのかかつた球をだしたりして、その上到頭厄介なハザードの中へ打ち込んだ。

「しまつたわ。」
「しまふ事はないよ。」

 久里が打つた。すると久里も亦同じハザードに入れてしまつた。

「どうも何だね。今日は二人で眞似の仕合ひをしてゐるやうなものだ。」

「長い間一緒に暮したんですものね。」

 彼等は唯だ歩いた。歩いてゐるとやがて彼等は何もかにも忘れた。忘れるといふ事が彼等を一層ゴルフ好きにするらしかつた。(後略)

原本写真2
「空を飛んでいる女」

[了]
監修・文/鈴木康之
資料・文/森口靜彦
*隔月刊誌チョイス 2005 No.148より


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