(前略)やがて彼は密生した芝生の上へ妻と一緒におりて行つた。小さいテイを草の中に立てると、眞つ白のボールをズボンから?みだして、其の上に乗せた。
海の方から來る風が危く球を吹き落しさうにする。
彼はバーク製の買入れたばかりのクラブを動かすと、むつかしい顔をしてアドレスしだした。と、決心したやうに大きいバツク・スイングと共に、勢ひよく球を打つた。
球が叩きつぶされた。齒ぎれのいゝ音がした。スウツと晴れた空にが(原文のママ)浮びあがつた。氣持のいゝ球の弾道が、白い秋の點々を打ちながら青い空間に弧線を描きだした。
「どうだ。このショットは。」
彼は力に溢ふれながら、小さいボールを目で追つてゐた。それは谷の上を一秒五百五十メートル(原文のママ)の速力で越え、やがて草の上に落ちると、コロコロと白くランした。如何にも可憐に見えた。

「空を飛んでいる女」
「あゝ、すてき。」
「恐れ入つたらう。」
「えゝ全く。」
「うまいだろう。」
「うますぎるわ。」
「ゴルフも曲藝も同じだよ。」
「いゝ氣ね。」
彼は笑ひながら今度は妻が打つのを待つてゐた。だが彼女の方も大變にいゝシヨツトをだした。
「馬鹿に出來ないね。」
「どうして。」
「うまいぢやないか。」
「おかげさまよ。貴方の。」
二人の會話には、他人に分らない何かのこだはりのやうなものが、短い言葉の中に含まれてゐた。
やがて彼等は二人の少年(キヤデイ)を従へると、草の中を谷の方へ下りだした。
久里は妻を時々見ながら、全く呼吸のあつてゐた昔の事を思ひだしてゐた。が妻は、夫が別の女と一緒にゴルフをしたりしてゐる時の、あの張りつめた親切な言葉や身體つきなどを想像して胸を重くしてゐた。あの突然現はれて吾々の胸に影を投げたフランス女(原文のママ)
「おい、もう、あと三日だね。」
「えゝ。」