ゴルフの図書館
GOLF絶版図書館
2005.10.19
夫婦でゴルフ。夫の思いと妻の嫉妬。
 

■原本
中河與一『ゴルフ―― 一名、鏡に這いる女』
・発行=昭和9年10月25日
・発行所=昭和書房
・A5判232頁(「ゴルフ」は5〜32頁)/定価=2円50銭
・500部限定
・国立国会図書館にて閲覧可能
・現在、松村書館から中河與一『鏡に這入る女』(B5判普及版/44頁/初版1980年/定価1575円税込)と限定版が発行されている

「飛天の素描」原本写真1

■著者
 中河與一。明治30年(1897年)〜平成6年(1994年)。
 大正11年、早稲田大学英文科を中退。
 大正13年、川端康成、横光利一、片岡鉄兵らと雑誌『文芸時代』を創刊、新感覚派運動を興す。
 代表作の「天の夕顔」が有名。

■解説
 発表されたのは雑誌『文藝春秋』昭和6年10月号であった。その後、本書を含め、昭和12年に版画荘から、42年に角川書店から、55年に松村書館から発行されているが、その都度、加筆され、ゴルフ用語や表現が変えられている。

「海底の貝」原本写真2

 ケース、表紙の装丁が際立って美しい。作家自身が心酔していたフランスの画家ラウル・デュフィに直接手紙を書き、作品のあらすじを添えて依頼。

 年が明けて諦めていたところ、待望の3点の絵が届き、装丁が仕上げられた。

 文学的評価の高さに加え、デュフィの美術とのコラボレーションによって芸術的評価が一層高まったといわれている。

原本写真3

この「ゴルフ」は同人誌「コギト」「日本浪漫旅」を主宰した戦前の人気評論家、安田與重郎が絶賛したことでも知られる

原本写真4

昭和6年の「文芸春秋」十月号に発表されて以来、何度も絶版、復刊されている。
3万6750円の限定版(地方・小出版流通センター扱い)も現在購入が可能

『ゴルフ―― 一名、鏡に這いる女』  中河與一

 (前略)やがて彼は密生した芝生の上へ妻と一緒におりて行つた。小さいテイを草の中に立てると、眞つ白のボールをズボンから?みだして、其の上に乗せた。

 海の方から來る風が危く球を吹き落しさうにする。

 彼はバーク製の買入れたばかりのクラブを動かすと、むつかしい顔をしてアドレスしだした。と、決心したやうに大きいバツク・スイングと共に、勢ひよく球を打つた。

 球が叩きつぶされた。齒ぎれのいゝ音がした。スウツと晴れた空にが(原文のママ)浮びあがつた。氣持のいゝ球の弾道が、白い秋の點々を打ちながら青い空間に弧線を描きだした。

「どうだ。このショットは。」

 彼は力に溢ふれながら、小さいボールを目で追つてゐた。それは谷の上を一秒五百五十メートル(原文のママ)の速力で越え、やがて草の上に落ちると、コロコロと白くランした。如何にも可憐に見えた。

原本写真2
        「空を飛んでいる女」
「あゝ、すてき。」
「恐れ入つたらう。」
「えゝ全く。」
「うまいだろう。」
「うますぎるわ。」
「ゴルフも曲藝も同じだよ。」
「いゝ氣ね。」

 彼は笑ひながら今度は妻が打つのを待つてゐた。だが彼女の方も大變にいゝシヨツトをだした。

「馬鹿に出來ないね。」
「どうして。」
「うまいぢやないか。」
「おかげさまよ。貴方の。」

 二人の會話には、他人に分らない何かのこだはりのやうなものが、短い言葉の中に含まれてゐた。

 やがて彼等は二人の少年(キヤデイ)を従へると、草の中を谷の方へ下りだした。

 久里は妻を時々見ながら、全く呼吸のあつてゐた昔の事を思ひだしてゐた。が妻は、夫が別の女と一緒にゴルフをしたりしてゐる時の、あの張りつめた親切な言葉や身體つきなどを想像して胸を重くしてゐた。あの突然現はれて吾々の胸に影を投げたフランス女(原文のママ)

「おい、もう、あと三日だね。」
「えゝ。」

[続]
続きは11月2日(水)更新予定です。
監修・文/鈴木康之
資料・文/森口靜彦
*隔月刊誌チョイス 2005 No.148より


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