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2004.11.09
どうです、貴下もゴルフをお始めになっては--其の三
 
■原本
草上來太郎著『ゴルフの常識』
発行=昭和2年4月30日初版
発行所=ゴルフドム刊行会
A6判174頁/定価=1圓70銭
国立国会図書館で閲覧可能。

原本写真1

古本屋で偶然入手できたらそれこそ幸運。これは初版本で、わずか800部しか印刷されなかった。

■著者
 草上來太郎はゴルフドム刊行会の創業者伊藤長藏のペンネームである。明治20年(1887年)〜昭和25年(1950年)。関西の貿易商。
 日本人による初のゴルフ誌『阪神ゴルフ』創刊(1922年)の中心的存在。のちにこれが『日本ゴルフド厶』となった。ゴルフ古書の収集にも精力的で、その勉強の成果を本名と草上來太郎のほか、草場丘人、山野卯三郎、好雪堂等のペンネームを使い分けて、評論、観戦記、随筆、レッスン、翻訳等々に惜しみなく書き綴って世に伝えた。わが国のゴルフ黎明期に於ける読むゴルフの先達である。

■解説
 本書は「第一章ゲームの性質」から「第十二章ゴルフの参考書」に至るまで、広く浅くゴルフ全般について述べている。

原本写真2

 縦書きで、英語を片仮名で表示している点が、同じ時期に発行された他のゴルフ文献と違って、読者が読みやすいように工夫してある。
 さらに特筆すべきことだが、英語のカナ表記が必ずしも適切でなかった時代に、「アイヨン」を「アイアン」、「オノア」を「オナー」と書くなど、今日の表記に近い表現を工夫、初心者思いの書き手の良心がうかがえる。
『ゴルフの常識』 第一章 ゲームの性質  草上來太郎

『やれば面白いとは聞いて居ましたが球を打つ丈けがそんなに面白いですかネ?
『何故面白いかと聞かれると一言で答へるのは困りますが之を始めた人に止めた者はないかと昔から云はれて居ます。何處かに魅力があるのですネ。或る學者はこんな事を云つて居ます。男子の頭を悩ますものに三つある。一は形而上學、二は女の心、三はゴルフと、一寸うまく云つて居ますョ。
[前回より]

『そんなのですかネ。單純な運動とばかり思つて居たのに然し老人のゲームと云ふ説もあるぢゃありませんか?

『大いにあります。然しそれは老人でもエンジヨイするゲームと云ふ意味で、そこにゴルフの價値もあるのです。と云つてもゲームそのものが隱退的で保守的で不活撥であると云ふことではありません。ベースボールやフツトボールの樣に熱狂的の活劇こそはありませんが、樣々な艱難を征服して行く勇氣と、冒險精神とは非常なものです。それで球をうまく打つた時のセンセーシヨンは又格別です。これが若い者の心をも捉らへます。

『紳士的ゲームとも云はれて居ますネ?

『さうです。昔からゼントルマンスゲームだと云つて威張つて居るのです。然し紳士と云ふ言葉が甚だ曖昧ですからこれには誤解を生じます。紳士的と云ふのはゲームの性質に就ついて云ふのです。ゴルフはベースボールやテニスと違つて、自分が自分の球を目的地に向つて打つて行く丈けで人の邪魔を決してしません。競技するには人の隙をついたり弱身につけ込んだり策略を弄したりする樣な事はなく、人は人自分は自分と各自に自然を相手にして、それを征服してゆく上の技能を比較する丈けの事です。ですから自然を征服する道連れはあつても、敵と云ふものはありません。そこが紳士的な處でせぅ。尤も自分が自分の球丈けを打つと云ふ事には、協同動作の美點は缺けて居ます。ゴルフは利己的ゲームだとも云はれる所以でせぅ。然し競技の仕方に依つては、協同精神を撥揮さす方法もあるから、此點(このてん)でゴルフを非難するには當りません。殊に自己は自由であると同時に、責任は自己のみの双肩に懸る譯ですから、自己に對して忠實ならざるを得ません。自然自己の研究に導かれます。自己を知れとはギリシヤの古い言葉でありますが、自己を知るにはゴルフリンクスに行けとスコツトランド人が申しました。又相手があつて敵が無いと云う事が社交の要點でゴルフが非常に社交的ゲームであると云はれるのも理由の無い事ではありません。
[了]
文/鈴木康之
資料/森口靜彦
*隔月刊誌チョイス No.138より


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