ゴルフの図書館

名手・達人の言葉

No.177

2008.4.9

ゴルフが不確定要素に満ちたゲームであることは、間違いないが、1930年だけは例外で、最も偉大な年であった。 グランドランド・ライス

 端折っていっているので、これでは何のことか分からないのも当然だろう。1930年は、あの球聖ボビー・ジョーンズが、同年グランドスラムを達成した年なのであり、ジョーンズがいかにその年、強かったかということを詠嘆した「言葉」なのである。

 ライスは当世きってのスポーツライター。彼は、ジョーンズが同年グランドスラムを達成した要因をその年の春先の試合で、サラゼンら強豪のひしめく中、2位に13打の大差をつけて勝ったことにあると喝破した。なぜなら、その時、「必要とされるすべてのショットを成功させた」からであると。

 ジョーンズは大西洋を渡り、全英オープンと全英アマを制し、帰国して、全米オープン、全米アマをもぎとった。世界のトップアマ、トッププロを相手に「252ホール」戦い、勝ちつづけたのである。マッチプレーは弱いといわれたジョーンズだが、先の全米、全英両アマの他、ウォーカーカップを含めた13戦すべてに勝利している。

 ゴルフは掴んだと思ったタッチが、次のホールでは脆くも消滅する残酷なゲームで、不確定要素が真理?!ともいうべきなのだが、この年のジョーンズだけは違っていた。最も偉大な年と、ライスが位置づけたのも理解できる話ではある。

 このことはゴルフダイジェスト社刊『ゴルフ大全』に詳しい。

■グラントランド・ライス(1888〜1954)
アメリカが生んだ今世紀前半の最も優れたスポーツライター。最初はさまざまなジャンルのスポーツを手がけたが、やがてゴルフだけに集約されてくる。「アメリカンゴルファー」の創刊にかかわり、ボビー・ジョーンズとも親しくなり、そのエッセイは深みを増していったという。オーガスタ・ナショナルGC設立メンバーの1人でもあり、不世出の天才といわれたベーブ・ザハリハスのアドバイサーとしても知られる。

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