ゴルフの図書館

名手・達人の言葉

No.170

2008.2.20

あと10年早く銀ちゃんと知り合えたら、もっと俺の腕もあがったのにな 杉山通敬

 訃報が続く。ゴルフライターの杉山さんが、2月17日亡くなった。

 杉山さんは知る人ぞ知る聞き書きの名手だった。それは端的にいうと『週刊新潮』で連載中の「青木功 おれのゴルフ」を読んでいただければと分かると思う。

 青木が「こりゃ俺より俺のことを知ってるよ」といったとかのエピソードも残っている。

 中村寅吉も同じシリーズの「寅吉ギャラリー」で長く連載していた。

 さらには、中部銀次郎である。

 杉山さんは『中部銀次郎ゴルフの流儀』(日本経済新聞出版社)など、自分の名前で5冊刊行している。

 中部とは新橋の居酒屋「独楽」で毎晩のように、酌み交わし、酔うほどに談論風発、ゴルフの極意、奥義の「言葉」が紡ぎ出されたものだ。

 筆者なども末席に連なって、その「言葉」に耳に澄ますことを肴に、杯はすすんだものだった。  そこで杉山さんが語っていたのが、今回紹介した言葉。

 中部はシャイでマスコミに登場するのも遅く、それだけ杉山さんとも知り合うのが遅かった。

 ゴルフ哲学と酒。杯を重ね、深更に及ぶとも2人のボルテージはますますあがった。中部の珠玉の「言葉」が多く残っているのは、杉山さんの功績が大なのである。

 そう考えると、我々ゴルファーにとっても、あと10年早く中部の「言葉」が世に広まっていれば、杉山さんと同様、皆もっと腕があがっていたかも知れない。

 そんな杉山さん、01年に中部が没してからは「人生ひまつぶしだ」と淡々と酒を飲み、73年の生涯を閉じた。

 中村寅吉が先週没し、中部銀次郎の誕生日が2月16日と聞くと、何か因縁を感じざるを得ない。合掌。

■杉山通敬(すぎやま・つうけい 1935〜2008)
日本橋生まれ。國學院大學卒業後、ゴルフダイジェスト社に入社。編集長を経て、77年フリーの文筆業に転じた。古典に通じ、『ゴルフ花伝書』(徳間書店)などがある。人生半ばで中部銀次郎氏と出会い、氏の「ゴルフ哲学・ワールド」をつくりあげた。聞き書きの名手で週刊誌などでその威力を発揮した。ゴルフライターの第一人者であった。

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