
No.165
2008.1.16
またもや球聖の登場である。
人は人生の最後にどう思うのだろうか?
ジョーンズはゴルフ史上不滅の記録を残した。しかし、そのことより晩年ゴルフ友達と過ごした日々が価値があると、ジョーンズは述懐したのである。
唐突だが、一介の、今で言う“パシリ”から天下を取った豊臣秀吉は、辞世の句でこう詠んでいる。
霧と落ち霧と消えにし我が身かななにわのことは夢のまた夢
人生の最後においては、過去の偉業などは白紙化してしまうことのようである。そこで今、いちばん大事なのは何かということであろう。
この「言葉」どおり、ジョーンズは晩年、故郷アトランタで、何人かの友人と親交を深めるゴルフに興じて、人生の幕を下ろした。
仲間に囲まれて過ごす。その延長線上に現在のマスターズがある。
故郷にゴルフコースをつくり、友達を招いてゴルフをしようというのが、始まりだったのだから。
そのことを発案し、レールを敷いたのもゴルフ仲間であり、こんなに多くの「言葉」が残っているのも、仲間の一人O・B・キーラーが伝記として著作してくれていたからである。
■ボビー・ジョーンズ(1902〜71年)
米国ジョージア州アトランタ生まれ。父親がゴルファーで生家も庭がゴルフ場続きでもあり、5歳で自然にクラブを握る。14歳で全米アマに出場。その後、数々の選手権に優勝。特に1930年には世界の4大タイトル、全米、全英両オープン、両アマに優勝、年間グランドスラムを達成。この記録はいまだに破られていない。全英オープンに勝ち、祖国に凱旋した時は国民的英雄となった。これを契機にアマのまま引退。故郷アトランタに戻り弁護士活動のかたわら、オーガスタナショナルGCを設立、マスターズ・トーナメントを主宰。4大メジャーの一角を担っている。不世出の球聖として歴史にその名を刻む。
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