
No.161
2007.12.12
セベの世界へのデビューは鮮烈だった。
17歳でプロデビューして、ヨーロッパツアーで活躍し、76年にはヨーロッパツアーで賞金王。
とはいってもその頃の欧州ツアーは米ツアーに比べて“ドサまわり”くらいの感覚。77年、日本へも来て日本オープン2連覇も果たしているが、所詮、世界から見れば端っこの話。
そして1979年、ロイヤルリザム・アンドセントアンズで行なわれた全英オープン。
最終日16番、ティショットを大きく右に曲げて、なんと駐車場の中。これには誰もが魂消てしまった。それでも優勝してしまうのだ。
またその翌年、マスターズでは最終日17番のティショットを、隣の7番グリーンにオン。そこまで曲げることを予想だにしなかった大会関係者は一様に目ん玉むいて驚いた。しかもそこから平然とバーディをとり、史上最年少で優勝もしてしまうのだ。
“飛ばすが曲がる”パワーヒッターの欠点を補ってあまりあったのが、セベの小技である。変幻自在なアプローチ、バンカーショット。それにトラブルショット処理の巧みなこと。まるでマジックを見るようであった。
そんな小技の秘訣を聞かれた時、いつも口にしたのが表題の「言葉」である。
セベはスペインのピレーネ山脈の麓の小さな村で羊飼いの家に生まれ、子供の頃からキャデイをしながら、兄からもらった3番アイアン1本を手にして、それだけでラウンドというより、遊んでいたという。3番アイアンでのバンカーショットなど見事なものだった。
つまり1本のクラブを手足の延長というぐらいマスターしたからこそ、飛ばし屋の曲がる宿命を克服して、メジャーを制することができたのである。
ダッファーには14本もクラブは必要ないという教訓も、この「言葉」からほの見えてくるではないか。
■セベリアーノ・バルステロス(1957〜)
スペインのサンタンデール生まれ。若い頃はボートでオリンピックに出たという羊飼いの父親の家に生まれた。貧乏な村で、セベは兄達とともに小遣い稼ぎにキャデイを始め、自然にゴルフに親しんでいった。天分は早くも17歳で開き、プロ入り。欧州ツアーを主戦場にして活躍。各国のナショナルオープンに勝っている。スイス、オランダ、ケニア、ドイツ、スカンジナビア、アイリッシュの各オープン無論自国のスペインオープンにも勝利。オーストラリアPGA、英国PGA、それに日本オープンは77年、78年と連覇。米ツアーでも4勝。これにはメジャーのマスターズ2勝(80年、83年)が含まれている。全英オープンは3勝(79年、84年、88年)。母国ではマイナーだったゴルフをメジャーに押し上げ、ホセ・マリア・オラサバルへとつなげた功労者。
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