
No.158
2007.11.21
トレビノがジョークではなく、毒舌そのもので、登場するのは初めてかもしれない。
表題の「言葉」は何のことをいっているのかといえば、歴史はいちばん浅いが、今や4大メジャーの一角を堂々と占めるマスターズのことで、そのマスターズのことを語気強く非難しているのである。
トレビノは、メジャーでは全米オープン、全米プロ、全英オープンを各2回づつ獲っているのだが、マスターズは上位どころか、そもそも最初の頃は招待されても出場もしていなかった。
人種差別の激しい南部で育ち、自身がメキシコ系のトレビノは、南部のさらに深南部で白人エスタブリッシュメントによって行なわれるトーナメントを、嫌っていたからである。
後年、“和解”し、出場するようになったが、コースの印象はネガティブであった。
「ラフがまったくないというのはおかしいよ。ただぶっ飛ばすだけでいいというのでは、ゴルフのおもしろみも、チャレンジングなところもなくなってしまう。コースを作ったボービー・ジョーンズはダック・フックだから、高いフックを飛ばす者だけに有利になっている」(『勝つゴルフ』文藝春秋刊)。
この後に続いて表題の「言葉」が吐かれるのだ。
テキサスの強い風で覚えたトレビノの低い球筋、そして後年それをフェードにした球筋は、高いドロー球が必要なマスターズでは圧倒的に不利であったことも、マスターズへの反感をいっそう強くしただろう。
そのために、トレビノはグランドスラマーの名は冠せらずに終わっているのである。
■リー・トレビノ(1939年〜)
米国テキサス州生まれ。母親と祖母に育てられたトレビノは、家計を助けるため、小学生の頃からショートコースで働いていた。見様見真似でゴルフを覚え、その頃は極端なフックボールを打っていた。しかし、60年、ベン・ホーガンの練習を見てからフェードヒッターに改造し、プロ入り。兵役で沖縄の基地にいて、レッスンプロをしていたこともある。65年テキサスオープン優勝。その後も故郷エルパソでレッスンプロをしていたが、夫人が内緒で全米オープンにエントリー。ここからトレビノの成功物語が始まった。その全米オープンに5位となり、次の年には優勝。ツアー優勝29。シニア、各国優勝を含めると80勝近くになる。メジャーも全米オープン、全米プロ、全英オープン各2勝づつで計6勝。マスターズだけとっていないのだが、白人優越主義の強かった時代、積極的に出ようとはしなかった。殿堂入りも果たした。
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