ゴルフの図書館

名手・達人の言葉

No.149

2007.9.19

フェアウェイの幅は
ボールの幅だけあればいい 河野高明

 こう豪語したのは河野高明である。
 1960年代の後半から70年代の前半に、杉本英世、安田春雄とともに、和製ビッグスリーとして活躍した。いわばジャンボ尾崎以前のプロ界を賑わしたのである。

 しかし、河野の名前が知れ渡るのはその日本でなく、かの世界のメジャー、マスターズという大舞台であった。
 68年、日本オープンと日本シリーズを制した河野に翌年の69年、マスターズから招待状が届き、出場。初参加で13位。
 それまで参加した日本選手の最高の成績であった(70年は12位)。

 その後、5年間連続出場するのだが、成績もさることながら、河野の名前を高め知らしめたのは、別のところにあった。
 大男の中に混じって160センチ、60キロの小兵ながら、その5年間でなんと4つのイーグルをとるほどの飛ばし屋だったことだ。

“リトル・コーノ”の名はマスターズですっかり定着し、出場しなくなっても、毎年来ているパトロン達は日本人メディアを見ると「リトル・コーノはどうしたんだ?」と聞くのが常であった。

 そんな絶頂の頃の半分ジョークを含めた「言葉」である。
 しかし、小柄な身体で可能な限りスウィング円弧を大きくするための独特のループスウィングを編み出し、飛距離を出し、且つ表題の「言葉」のように、狙ったところに落とす正確さであったからこそ言えたのである。

 名手・達人といわれる人達にはこんな時期があるのだろう。我々凡人には分かるべくもないが。

■河野高明(こうの・たかあき 1940〜)
父親が程ヶ谷CCで働いていた関係で、子供の頃から弟・光隆とともにクラブを握り、キャディを経て59年プロ入り。ジャンボ尾崎以前のプロゴルフ界を杉本英世、安田春雄とともに和製ビッグスリーとしてリードした。68年、日本オープン制覇など、優勝回数17回。69年から5年連続マスターズに出場し、それまでの日本選手の記録をすべて破り、4つのイーグルをもぎとるなど大活躍。160センチ、60キロ(現在64キロ)と小柄で“リトル・コーノ”のニックネームでマスターズでの人気者となった。現在、日本プロゴルフ協会理事。

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