ゴルフの図書館

名手・達人の言葉

No.145

2007.8.22

まぐれ当たりは忘れること。そうでないと、運まかせの気分屋ゴルファーにしかなれませんよ。 ナンシー・ロペス

 その人が運まかせの気分屋ゴルファーかどうか、次の質問を応えを聞けば大体当たる。

 ドライバーショットでの平均飛距離は? と聞くと、自分のこれまで最高に当たった飛距離を言うやつ。
 またはアイアンの飛距離を、キャリーではなく、ランも入れた距離だけを言って、さもキャリーがそれだけあるように言うやつ。

 こういうゴルファーは、まぐれ当たりだけを忘れられず(忘れようとせず)、最高の当たりだけを求めているので、いつまでたっても上達はしない。
本当の自分を知らない(知ろうとしない)で、技術のステップアップなど出来ないからである。

 しかし、ゴルフの神様は時折、ダッファーにも信じられないような当たりを与えるものだから、実力を勘違いしてしまうのだろう……。
 それがゴルフの面白さであり、恐さでもあるのだが。

 ナンシー・ロペスは20歳でツアー入りし、その後の2年間で17勝していて、そのときのナンシー旋風はそりゃすごかった。
 その頃の実力者がキャシー・ウイットワースとか、ジュディ・ランキン、サンドラ・パーマーなどの怖そうな?! お姐さんばかりだっただけに、美人で華のあるロペスがひときわ輝いて見えた?!

 それに貧しいメキシコ系階層からのサクセスストーリーが人気に拍車をかけ、米女子ツアーは盛り上がったのだった。

 そんな頃のナンシーの言葉である。
 実力を勘違いすることを戒めた言葉だが、唯一救いを求めるとすれば、例え、偶然でもまぐれ当たりでも、そのショットがいつでも出せるようになる潜在能力はあるっていうこと、か。

 しかし、まあ、「光るものがある」とそう言われ続けて、結局そのままの人が大半ではあるけれど。

■ナンシー・ロペス(1957〜)
米国カリフォルニア州、メキシコ系移民の貧しい家庭に生まれる。練習費用にも事欠く境遇だったが、12歳の時、ニューメキシコ女子アマに優勝してから、やっとまともなラウンドができるようになった。72年、75年、全米女子ジュニア優勝。その年に全米女子オープンに出場し、2位タイとなって一躍時の人となった。タルサ大学へ奨学生として入学するも、20歳の時にプロ転向。22歳までの2年間で17勝をあげ、女子ツアーブームの一翼を担った。ツアー通算48勝。メジャーに3勝しているが、全米女子オープンだけは獲れなかった。これだけが、輝かしい戦績に一点、画竜点睛を欠くといえる。87年にはLPGA殿堂入り。記録より記憶に残るタイプのゴルファーであったといえるかも知れない。

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