
No.141
2007.7.18
ここまで連載をやっていながら、まだあまりにもこの有名な「言葉」を紹介していなかった。
ただ誰でも知っている言葉だろうが、誰が言ったかまではご存知ない方もいるだろうから、改めてとりあげた。
Never up Never in、パッティングにおいての至言である。
「届かなければ入らない」、まさにその通りである。どんなにいいストロークをしたって、ラインに乗っていたって、届かなければ百年たっても入りはしない。
パットの名手、青木功はカップの向こう側にドンとぶつけて入れることで有名だった。
球聖ボービー・ジョーンズはカップぎりぎりの強さならカップへの入口は前後左右4つあると喝破した。
しかし、どちらにしても"届かなければ"入らないのである。
この言葉は150年も前に生まれた。
トム・モリス・シニアは全英オープンの草創期、マッチプレーの鬼として、4回、同大会に勝ち、75歳になっても出場した文字通りのスーパーシニアだった。
しかしショートパットが苦手で、3フィート(約1m)が達者だったら、あと5回は全英に勝っただろうと言われる。
そんな背景から冒頭の言葉が生まれたのだろう。
セントアンドリュースのコース管理者としても、多大の功績を残している。
コースの片隅に井戸を掘り、渇水期にこの水をグリーンに撒き、通年グリーンをいい状態にする方法をあみだしている。
言い忘れていたが、水道管をホールに埋めてカップにしたのもこの人である。
その時の水道管の大きさ(4インチ4分の1)が今に至っているわけだ。
さまざまな意味において、現在に至るゴルフの原型をつくり「ゴルフの父」と讃えてもどこから異論もないだろう。
彼の息子であるヤング・トム(シニアはオールド・トムと呼ばれたのに対して)もまた偉大な足跡を残しているが、これは次の機会にゆずろう。
■トム・モリス・シニア(1821〜1908)
1861年、第2回の全英オープンに続き、3、5、8回と4勝している。68年には息子のトム・モリス・ジュニアと熾烈な優勝争いをして2位になるなど2位も3回ある。高額の賞金がかかった賭け試合でもギャラリーを熱狂させた。競技においても偉大な戦績を残しているが、セントアンドリュースに住み、コース基盤の整備・管理者としても多大な功績を残している。「穏やかな気質と礼節を兼ね備え、その上、才気煥発、あたかも王位貴族の家庭に生まれたるがごとく」といわれ、セントアンドリュースにかけがえのない人物と呼ばれた。コース設計家としてはミュアフィールドの原型をつくった。「ゴルフの父」と称される所以である。
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