ゴルフの図書館
名手・達人の言葉
No.116
2007.1.17
上達最大の敵?それは言い訳をすることさ。
バイロン・ネルソン
バーナード・ダーウィン

この言葉はあえて説明する必要もあるまい。
ゴルフ場はこの言い訳が飛び交う場所といっていい。
その言い訳にもふたつのタイプがあるように思われる。

ミスショットをすると、アーッとか、ヒーッとかの叫び声。
テレの一種だろうが、普段はこんなミスはしないのに……、
という言い訳には違いない。

しかし、自分以外のまわりは
そのミスはその人にとって≪普段≫だと思っているはずだ。

もうひとつの言い訳は
「ダフった」、「こすった」とか、
「天プラだ」、「スライス!」などの、
自分の球筋や、技術解説するやつ。

いちいち説明してくれなくても、
まわりは見ていればわかるって。
これも自分はもっと上手いのに、
たまたまミスをしたってことを示したい言い訳であろう。

つまり、言い訳は
本当の自分を知らないために言うのである。
自分を知らなければ
進歩とか、上達はあるわけがない。

故中部銀次郎氏は何度も登場して申し訳ないが、
筆者も経験したことなので記しておきたい。

オナーで打った中部は、
3人が打ち終わるまで待ってから、
キャディにボールをもらって、「暫定球」といってまた
ティグランドに戻り、打ち直したのだ。
最初のボールは自分でOBだと知っていたからだ。

しかし、最初に打った時は表情に何の変化もなければ、
フィニッシュがくずれることもなく、
全くふだんどうりなので、
誰もOBゾーンに打ったなどと気づきはしなかったのだ。
「エーッ」と驚いて3人は顔を見合わせてしまった。

どんな人でも、OBとわかれば、
しまったという顔をしたり、スウィングをひねったりして、
何かで≪言い訳≫するのだが、そういうことが、
若いときにはいざ知らず、熟成してからは全くない人だった。

言い訳は愚の骨頂で、
ゴルフの品位を落とすことを真に知ってる人だった。



■バイロン・ネルソン(1912年〜)
テキサス州フォートワースで生まれ、10歳からキャデイを始めた。その仲間にベン・ホーガンもいて、性格も正反対の2人はその後ライバルとして、それにサム・スニードを加え、ビッグスリーとして時代をリードした。20歳でプロ入り。1937年、マスターズ優勝(42年も)。1939年全米オープン、1940年、45年全米プロ優勝。45年には前人未踏の11連勝も達成。その年間の平均スコアは68,33という驚異的数字を残している。ヒッコリーシャフトから、当時新開発されたスチールシャフトにいち早く切り換え、それが美しいワンピースのスウィングを獲得する要因になった。引退してからもネルソンに師事するため門を叩くトッププロは多く、長くツアー界の大御所として君臨した。



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