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バーナード・ダーウィンは、
あの「種の起源」で進化論を著した
偉大なるチャールズ・ダーウィンの孫である。
代々学者の家系であるダーウィン家であるが、
彼はケンブリッジ大で法律を学び、
卒業後は弁護士として活躍する。
そんなある時、ダーウィンの元に権威ある夕刊紙から
ゴルフ随筆の話が飛び込み、そこから水を得た魚のように、
ゴルフにまつわるエッセイ、コラムの名文を
矢継ぎ早に湧出させていく。
しかもダーウィンが単なる評論家ではなく、
自身も≪プレーヤー≫であったことが、
エッセイストとして唯一無二の存在たらしめている。
競技者としては、1921年の全米アマでは、
なんと準決勝まで進んでいるほどだ。
つまり、ダーウィンはたいていの試合に観戦記を書いているが、
この年は自身が大会に出ながら、
観戦記も書くという離れ業を演じているわけだ。
そんなバックボーンを知ると、
冒頭の言葉もなお重みをなすことが
お分かりいただけるだろう。
ゴルフでのエスプリ、警句、みごとなエッセイを
1908年から「タイムズ」ゴルフ記者として、
週1回、45年間、退職後も85歳でなくなるまで、
「カントリ・ーライフ」に書き続けた。
ある人は
「ゴルフの進化論に果たした役割は、祖父に比べて遜色ないものだ」
と記している。
筆者も含めたゴルフの記事を書くものにとって、
冒頭の言葉は胸に噛みしめなくてはならないだろう。
(詳しいことは『チョイス』156号「微笑ゴルフクラブ」(07年1月号/ゴルフダイジェスト社)を参照されたし)
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