ゴルフの図書館
名手・達人の言葉
No.111
2006.12.6
自分に合ったグリップを身につけるため、手に縛って寝たもんだ
青木功

青木は修行時代、当時建設された東京タワーをもじって、
≪タワー≫と渾名されたほど、
高い身長を武器にしてよく飛ばした。

しかし、その曲がりも半端ではなく、
どフックのため、ゲームをこわすことが多く、
不遇の時代が長くつづいた。

プロ入りしてから、8年間勝てなかったのも
その理由によるところ大であった。

そして一念発起、
ドローからフェードに変えるための試練がつづいた。
そこでフェードのためのグリップを身につけようとしたが、
一度染み付いた癖がそう易々と直るものではない。
前日出来たものが今日はできない。

そこで青木は練習で得たフェード打ちのグリップの感触を、
合宿中の同僚プロに両手ごと
テープでぐるぐる巻きに固定してもらって
就寝していたのである。
寝てる間の無意識のうちにも、
グリップと両手を同化させようとしたわけである。

そもそも青木は手のフィーリングを大切にする。

爪切りが趣味で、爪切りを持たせたら
一日でも飽きないという。
深爪ぎりぎりに切りそろえる。
手袋は小さいサイズを指に伸ばし込んで
皮がパンパンに張っているほどだ。

それもこれも皮膚感覚を大事にする目的だと青木は言う。

フェード打法を身につけた青木は国内はおろか、
世界へと大きく羽ばたくことになるのである。



■あおき・いさお(1942年〜)
1942年8月31日、千葉県我孫子市生まれ。29歳で「関東プロ」に初優勝と遅咲きながら、それからの活躍はジャンボ尾崎と人気実力とも二分し、日本プロトーナメントを隆盛に導いた。国内での勝利数もさることながら、海外での活躍は、『オリエンタルマジシャン』と呼ばれ、「世界のアオキ」と絶賛された。とくに、80年、全米オープンでの帝王二クラスとの死闘は伝説として後世に長くつたえられるだろう。国内56勝。シニア7勝、海外4勝、海外シニア9勝、海外グランドシニア3勝。2004年、アメリカでゴルフ殿堂入り。



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