ゴルフの図書館
名手・達人の言葉
No.101
2006.9.27
名手はパターでスウィングをつくり、へぼゴルファーはドライバーでスウィングをつくろうとする 小針春芳

戦中派、苦労の人、今も育った那須GCに矍鑠として
後進の指導にあたっている。
(そのあたりは『Choice』(ゴルフダイジェスト社刊)連載の「小春日和。」に詳しい)

研究熱心で知られ、いまだにゴルフの何たるか、
スウィングの何たるかを探求して、
その情熱はとどまるところをしらない。

その小針翁の持論というのが冒頭の言葉だ。

「パターの振りの延長線がおおきなショットをつくるんじゃ。
それをな、大体はドライバーの振りで
スウィングをつくろうとするんじゃな。
これでは上達は遅れるな。
それにおおきいもんばかり目がいって、
スコアをつくる細かいもんがおろそかになる、
ザルゴルファーになる原因にもなるしな」

ドライバーショットが飛ぶことばかりに
血道をあげるゴルファー諸氏、もって瞑すべし!



■小針 春芳(こばり・はるよし 1921年〜)
栃木県で生まれ、16歳でゴルフを覚え、育った那須から一歩も動かず、今の那須GCのヘッドプロ。1940年(昭和15年)、関東プロで2位。その2年後、兵役。激戦地のニューギニアで終戦を迎えたが、400人いた部隊が生き残ったのは13人という過酷な経験をしている。53年、プロ復帰。関東プロ、関東オープン、日本オープン各2勝。シニアでも日本シニアをはじめ、9勝している。その頃、権威のあったW杯には59年に代表。クリークの伝説的名手として、今に伝えられる。



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