ゴルフの図書館
名手・達人の言葉
No.91
2006.7.12
優勝はできなかったでしょうが、ビリでもなかったでしょう
ベーブ・ザハリハス

1954年、AP通信社によって、20世紀最高の女性アスリートに選ばれた
ベーブ・ザハリハスが、全英オープンに出場を申し込んだが、
拒絶されたときのコメントである。

女性差別というか、当時、
男子プロ達は戦々恐々だったからだろうといわれている。

世界最古のジ・オープンを女にとられては、
男の面目丸つぶれというわけである。

勝つかも分からない……、
そう男たちに思わせる十分な戦績をベーブは持っていたのである。

スポーツ万能といっても半端ではない。
高校時代バスケットで全米選抜。
その他、水泳、ライフル、ボクシング、テニス、ソフトボール……、と何でもござれ。

陸上競技では1932年のロサンゼルスオリンピックで
槍投げと80mハードルで世界新の金メダル。
走り高跳びで銀メダル。

その後、ダンスでショービジネスへ。
さらにプロバスケットに入り、大リーグのフィラデルフィア・フィリーズで
1イニング投げたこともある。

そして34年にゴルフを始めるや、40年代に入って現在のLPGAの原型を創設し、
48年〜55年の間に31勝をマーク。
そのなかには全米女子オープン3勝も含んでいる。

この輝くばかりの戦歴をみれば、
男が恐れをなすのも分かるではないか。

時代は移って、現在の女王アニカ・ソレンスタムや、
スーパールーキー、ミッシェル・ウイが男子の試合に出たが、
ベーブほどの恐れを男子プロたちは、抱かなかったのではないかと思われる。



■ベーブ・ザハリハス(1911〜1956年)
女子プロゴルファーというより、稀代の女子アスリートとして知られる。高校時代より、スポーツの各分野において非凡な才能を発揮し始める。バスケット、水泳、ダイブ、ライフル、ボクシング、ソフトボール、テニス……etc.。陸上競技も始め、1932年ロスオリンピックでは槍投げと80mハードルで金メダル。ハイジャンプで銀メダル。その後、34年にゴルフも始め、現在のUSLPGAの母体をパティ・バーグらと創設。全米女子オープン3勝を含む31勝をあげている。ゴルフ殿堂入り。38年にプロレスラーのジョージ・ザハリハスと結婚。ベーブの名は当時のヒーロー、ベーブ・ルースの女性版ということの愛称。54年、AP通信社で20世紀最高の女性アスリートに選出された。しかし、前年にガンに倒れて手術。それが再発して、56年、42歳の若さで没。



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