ゴルフの図書館
名手・達人の言葉
No.52
2005.09.21
ボディビルなどゴルフには役にたたないと笑われたが、私はついに目的を果たした

ゲーリー・プレーヤー

1965年、全米オープンに勝ったあと、プレーヤーは次のように語った。

 

――私がボディビルをやっているというと、笑う人が多かった。

  ゴルフではグリップを強くするなど、手や脚を鍛えることはあっても、
  全身を鍛える運動は不要と思われていたからだろう。

  しかし、私はそれでは力強い球は打てないと思い、余暇をみつけては全身を鍛えてきた。

  小柄な私が巨漢のなかで勝つことができたのも、日頃の筋力鍛錬が効を奏したと思う。

  私のやってきたことは正しかったことが証明されたのだ。

 

168センチしかない体躯で4大メジャーを制して、
4人めのグランドスラマー(5人目はタイガー・ウッズ)となり、
黒豹と呼ばれたプレーヤーのバックボーンは、ボディビルにあったわけである。

当時、ゴルフに強い筋力は必要ないといわれていた。
むしろ上体の力に頼りすぎて害になるとさえいわれていたのだ。

しかし、プレーヤーはシーズンオフはいうに及ばず、
ツアー中でも宿舎にダンベルを持ち込み、
寸暇を惜しんで逆三角形のマッチョな体をつくりあげた。

そういう潮流のなかだったからこそ、
冒頭のような反論が話題になったのである。

現在では、筋トレは当たり前、
米ツアーのほとんどの選手は試合中のラウンド前でさえ
ランニング、ストレッチなどして、エクササイズを行うようになっている。

プレーヤーはその先駆者といえよう。



■ゲーリー・プレーヤー(1935年〜)
南アフリカのヨハネスブルグ生まれ。母親を幼くして亡くし、父親は炭鉱で働き、貧困な少年時代を送った。スポーツ万能であったが、ゴルフを選んだのは15歳のとき。その6年後には南アオープン優勝。地元有志のサポートで米ツアーに参戦。そこからプレーヤーの運は開ける。メジャー優勝は、59年全英オープン(68年2勝)を皮切りに、61年マスターズ(74年、78年3勝)、62年全米プロ(72年2勝)、65年全米オープンの全8勝。米ツアーで24勝、シニアツアーで19勝を含んで全世界で130勝を挙げた。ニクラス、パーマーとともに『ビッグスリー』として、世界のゴルフシーンをリードした。ニックネームは黒豹。日本にも馴染みが深く、青木功と親しく、プレーヤーが持つ牧場の愛馬には青木の信条「忍耐=ニンタイ」の名前をつけた。



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