ゴルフの図書館
名手・達人の言葉
2005.07.20
わたしはこの世で怖いものが3つある。それは雷、ベン・ホーガン、そして下りのスライスラインのパットだ

――サム・スニード

スニードは生まれながらにして、
絹のような滑らかなスウィングを持っているといわれた。

それを武器にして勝ちも勝ったり82勝。
今日ほどツアー数はない時代の82勝だから価値は高い。
むろんこの記録は未だ破られていない。

しかし、何といってもスニードにとって痛恨の極みは、
全米オープンに勝っていないことだ。
そのためグランドスラマーという称号だけは逸しているわけだ。

スニードは全米オープンで2位になること4回。
1947年にはプレーオフで敗れている。

そして最後のチャンスだと思われた1953年は、
稀代のショットメーカーと謳われたベン・ホーガンの前に敗れ去ったのだ。
憎きはホーガンである。

パットで悩み始めた頃でもある。
イップスに襲われたのである。
そこでサイドサドル・スタイルのパッティングを考案したが、
イップス病を完全には克服できなかった。

冒頭の言葉はこの頃に発したのだろうが、
ジョークのなかにもスニードのため息が聞こえる。



■サム・スニード
1912〜2002年。サミエル・ジャクソン・スニードは米国バージニア州生まれ。父が勤務するコースのキャディとしてゴルフを覚え、奨学金で大学へ。20歳プロ入り。23歳米ツアー参戦。メジャー全米プロ3勝、マスターズ2勝、全英オープン1勝しているが、全米オープンは2位どまりで、グランドスラマーは逃している。しかし、ツアー82勝の記録は未だに破られていない。その華麗なスウィングは「ボーン・スウィンガー」といわれ、世界のゴルファーの羨望の的だった。また、世界各地に積極的に出かけ、ゴルフの普及につとめ、「ゴルフ親善大使」と呼ばれた。



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