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ストロークプレーの本質を衝いた名言である。
なぜなら、トーナメントではスコアをを競うのであって、ナイスショットを競うのではないのだから。ナイスショットはスコアを縮める手段ではあるが、すべてではないのである。ナイスショットを続けてもパットが入らなければ、アンダーのスコアにはならないし、そこそこの当たりでもびっくりするほどのアンダーが出たりする。
しかし、ドライバーが曲がり、林のなかにでもいれたら、パーでさえ危うくなる。つまり、ミスショットは大叩きの可能性を秘めているわけで、それは全米、全英オープンなどのメジャー競技をみれば明らかである。メジャーではコースの難易度を可能な限りあげてセッティングされ、ひとつのミスが命取りになることは日常茶飯事である。300ヤードのナイスドライブより、260ヤードでもいいから、曲がらないそこそこのショットを継続することが、勝利への近道となるのだ。
球聖ボビー・ジョーンズをして「トーナメントゴルフとゴルフがある。もう私はゴルフをしたいのだ」といって、引退した。この言葉の裏には、一度としてミスが許されないトーナメントゴルフの過酷さが表現されている。愉しむのは『ゴルフ』なんだと。
ともかく、ダッファーは何はともあれ、ナイスショットのみを希求する。練習場シングルはこの延長線にある。
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