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No.379
2012.5.16
1953年、ベン・ホーガンがマスターズ(2度目)、全英オープン(初優勝)、そして4度目の全米オープンに勝利した。同年グランドスラムのチャンスだったのだが、全米プロはそれまでに2度勝っているし、全米オープンに勝てば、全米プロはあまり意味がないと、全米プロには出場しなかった。もし、出場すれば優勝しただろうといわれた。
ともかく、この全米オープンに勝ったとき、ある新聞には「ホーガンを破り得る者はもはやホーガンのみ」と書かれた。
そして、2年後1955年の全米オ−プン。ホーガンは30歳の無名プロ、ジャック・フレックに大番狂わせの敗退をしてしまった。フレックのパットが神ががり的に入ったのが勝因だが、そのときのフレックが使っていたパターが、ホーガン自ら製作し、売り出したものだったのだ。
ギャラリーの間から、表題の「言葉」がもれてくるのも宣(むべ)なるかな……。
■ベン・ホーガン(1912〜97年)
米国・テキサス州生まれ。19歳でプロ入り。173センチ、74キロと小柄ながら、稀代のショットメーカーとして伝説的な存在。全米オープン4回、マスターズ2回、全米プロ1回、全英オープン1回の優勝歴を持つ。圧巻は1949年、再起不能といわれるほどの自動車事故に遭いながら、奇跡のカムバックを果たしたことでも知られている。不屈の闘志、「アイスマン」と称された冷静沈着なプレーで、53年には全米、全英両オープン、マスターズと勝利し、同年グランドスラムのチャンスだったが、全米プロには重きを置かず不出場。飛行機嫌いで、全英オープンも1回獲ったらやめてしまったほどだ。ボビー・ジョーンズと並び「最強のゴルファー」と称されている。
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