
2007.6.8
ある日、友人から電話がきた。やけに声が沈んでいる。
「俺さぁ、もうゴルフできないかもしれない」
「どうした? 腰痛が悪化したのか?」
「いや、体はピンピンしてるんだけど……一緒に回る仲間がいないんだ」
「でも君ってゴルフサークルに入ってたよね? 仲間なんていくらでもいるだろ」
「はあ〜。それがさ、俺とゴルフすると具合が悪くなるからって、みんなに断られてるんだよ。まるで疫病神扱いだ」
「ひどいな、それは。そういえば、まだ君と回ったことはなかったね。よしわかった。じゃあ次の日曜、俺たちとゴルフしようぜ」
こうして友人に同情し、ゴルフに誘ったことを、俺は後々後悔することになる。
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プレー当日。友人は久々のゴルフで張り切っていた。
「『千里の道も 第三章 15巻』を読んで、俺もドライバーを2本入れたんだ。ふふん、フェード用とドロー用の二刀流さ」
意気揚揚と話すが、果たしてどちらのクラブを使おうと、人づてに聞いている友人の腕では、あさっての方向へ球が飛ぶのは間違いない。しかしまあ、あれだけ落ち込んでいたのが元気になってよかった。
放っておいて俺は、キャディさんにレイアウトを尋ねた。ずいぶん丁寧にはきはき解説をしてくれるキャディさんで、ついつい無駄話を挟み長くなる。
ほかの二人もキャディさんの解説に耳を傾けたが、友人だけは素振りに夢中だった。よっぽどゴルフするのが嬉しいんだろう。友人を誘ったことに満足し、俺の胸は温かくなった。
そして、スタート。一番に打つ友人が、ティグラウンドへ向かったが、途中で忘れ物を思い出したように「あっ」とこちらを振り向いて言った。
「ねえキャディさん、このホールは右OB?」
さんざん説明しただろが! 一瞬、全員がぴくっと眉間にしわを寄せたが、陽気なキャディさんは「あらあら、さっき三度も説明したんですよ」と笑い、その場を和ませた。なんてできたキャディさんだ。
「すみません、俺、ゴルフはもうできないと覚悟してたんで、うきうきしてしょうがないんですよ」
友人はペコペコしながら、再びティグラウンドに向かって階段を上り出した。やれやれ。友人は間の抜けたところがあるから心配だ。しかしゴルフ歴は長いのだから、険悪になるほどのへまはしないだろう。
『スコアは天使の匙加減』
夏坂 健
●新書判・並製・本文304頁
●1000円(税込)
●ゴルフダイジェスト社刊
ところが、いやというほどしていたにもかかわらず、ティグラウンドに上がってまで、友人は素振りを続けた。
しかも、時折ピタっととまり、さあ打つぞとこちらが息をとめると、仕切り直してまた素振りするのだから、始末に負えない。
一人がふう〜とため息をついたのをきっかけに、見ている俺らは目くばせをして、本当に静かに、くすっと笑った。
その途端、友人がさっと振り返り、またひと言。
「君たち、なんてマナーが悪いんだ。人がこれから打つときは静かにしてくれよ」
なんだと? まるで『スコアは天使の匙加減』の一話「ギャラリーの皆さん、心臓を止めてください!」そのものだ。
一流のプロだって、クシャミした男性に「邪魔しないでくれ」と言えば、「お前は生意気なチンピラだ。(中略)なぜそのときに≪お大事に≫といえないのか」と先輩に叱られたというのに、自分のスロープレーを棚に上げて、マナーが悪いだと?
温かくなっていた心が急速に冷めた。しかしまあまあ、久しぶりのプレーで友人の心はそわそわしているんだ。ラウンドしている間に、落ち着いてくるだろうから様子を見よう。
それからさらにしばらく素振りした末に、友人の球は、右のOBヘ。しかも使ったドライバーはドロー用だった……。
『ボールを打たずに上手くなる!』
石渡俊彦
●A5判・並製・本文144頁
●1470円(税込)
●ゴルフダイジェスト社刊
友人のこの怒りを呼び起こすマイペースぶりは、すでに前半で耐え難いものとなった。あと2ホールで休憩だが、ひょっとすると今回はハーフで切り上げようと誰かが言い出しかねない。
みな、イライラとして押し黙っている。あの明るいキャディさんまでがぶすっとしてもはや必要最低限のことしか口にしない。友人を誘った俺は、あとでみんなに責められることが目に見えていて、顔面蒼白だ。
一方友人は、一人にこにことして呑気なものだ。ところがこのホールのティショットで突然癇癪を起こした。またもドロー用のドライバーで、球を右に大きく曲げ、林に突っ込んだときだ。
フンガフンガと鼻息荒く「このクラブは欠陥商品だ!」とわめきちらし、地面に思いっきり叩きつけたのだ。クラブをへし折ろうとするのは、『千里の道も 第三章 15巻』の田所耕作を真似ているのかもしれないが、あちらは戦略上のこと、お前はただの八つ当たりだ。
すでに前半で60以上も叩いている奴がまったく。今日一番の災難に遭っているのは、友人のクラブに違いない。俺らはもう、怒りを通り越して、あきれ果てていた。
前半の最終ホールにきたときは、ハーフで終える事はほぼ決定だった。ここまで30台できた俺は少しの未練があったが、仕方がない。もう辛抱しきれんのだ。
こうして気が抜けたためか、ずっと絶好調だったティショットで俺はミスしてしまった。そのとき、誰かがつぶやいた。
「いまちょっと打ち急いだね〜」
友人だ。
「『ボールを打たずに上手くなる!』にさ、≪打ち急ぎはワン・ツー・リズムで直す≫っていうエクササイズが載ってるから貸してあげるよ」
にやにやして友人が擦り寄ってきた。くそぅ、人のミスを喜びやがって。俺は叫んだ。
「終わりだ、終わり! 今日はハーフで終わりだ!!」
その後、友人はこりもせずに「ゴルフ行こうよ」と誘いの電話をかけてくるが、「君とゴルフすると具合が悪くなる」と断っていることは言うまでもない。
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