ゴルフの図書館
BOOKS 19番ホール
2007.4.20

ゴルフで破局


『ピーターたちのゴルフマナー』


 プレー後のロッカールーム。私は今日一日のラウンドを思い起こし、声を殺して泣いた。この涙と、プレーでかいた汗とで、おそらく顔は、メイクが崩れてぐちゃぐちゃ、とても見られたものではないだろう。ただでさえゴルフのときは、紫外線を防ぐために普段の3倍は厚化粧をしている。せめて顔くらい洗いたい。けれど、私にはそんな悠長な時間はない。一緒にツーサムで回った彼、私の「元恋人」から逃げ出さなくてはならないのだから。


『ピーターたちのゴルフマナー』

鈴木康之
●B6判・上製・本文280頁
●1470円(税込)
●ゴルフダイジェスト社刊




 私がゴルフを始めたのは、一年前。それから半年後に彼と出会い、つき合い始めた。その彼は、ゴルフ歴6年のシングルだ。

 つき合い当初からツーサムで回ろうという話はしていたが、都合がなかなかあわず、今回、ようやく実行できた。しかしプレー後、私はロッカールームで静かに一人涙を流す結果となったのだ。

 だって、彼ってクラブを握ると、穏やかな人柄がヒステリックに豹変してしまうんだもの。

 たとえば、フェアウェイで素振りをした際、彼ははるか向こうのラフから、猛烈な勢いでこちらへ駆けてきた。

「な、なによ、びっくりするじゃない」
「びっくりなんてどうでもいい。それより君は、僕が3カ月前に渡した『ピーターたちのゴルフマナー』をしっかり読まなかったな!」

「え? 読んだわよ? マナーとエチケット、それにゴルフに対する心構えまで書かれたいい本だから絶対に読むといい。そうあなたに言われたから、もらったその日のうちに読んだ、」
「ふざけるんじゃない! だったらなぜいま、≪これからショットする方向にアドレスをとって≫素振りをしたんだ!」
「は?」

『ピーターたちのゴルフマナー』を読んでいれば、それは──昔は厳しく戒められていた不作法のひとつ──だったとわかっていたはずだ。素振りは、これから打つ方向とは別の方向を向いてしなくてはいけない! 口先だけで読んだといっても、嘘はバレバレなんだよ!」

 読んだもん。ぱらぱらっと一回だけだけど……、書いてあったことたしかに結構忘れちゃってるけど……。言い訳したかったが、あまりに凄まじい彼の怒り様に言葉が出なかった。

新装版 岡本綾子LESSON!

『新装版 岡本綾子LESSON!』
岡本綾子
●B6判・並製・本文176頁
●1260円(税込)
●ゴルフダイジェスト社刊

 しかし、マナーは教えられて感謝すべきもの。知らん顔している人の方が、どうかと思う。そう自分に言い聞かせて、私は気持ちを切り替え、自分のプレーに集中することにした。

 ところがさっそく次のホールで、私が4パットをしてしまうと、今度は突然、後ろから頭をこづかれたのだ。いっそドメスティックバイオレンス! とでも叫んでやろうかと思った。しかし振り返ったときに、恐ろしく怒った彼の顔がいきなり目に入り、またもや声が出なくなってしまった。一体、今度はなに!?

「女子プロゴルファーのいいレッスン書があったら読みたいっていうから、岡本綾子プロの『LESSON!』を2カ月前にあげたのに、君、これも読んでないだろう?」

「読んだわよ! 剣道の上段の構えから入るアドレスでしょ、おしぼりをしぼるようなスウィング中のグリップの力加減でしょ、他にもいろいろ参考にして実践しているじゃない」

「じゃあ何でいまのホールで、4パットもしたんだい?」
「はぁ? それは、私ロングパットは苦手だもの。だいたい、恥ずかしいことだけど、私が4パットするのは珍しいことじゃないのよ」

「恥ずかしい、本当にそう思っているのか? 本気だったら『LESSON!』に──ロングパットだからといってあまりにもテークバックを大きくとらない──と書かれているのを、しっかり頭につめこむはずだ。それなのに君は、さっき相当に大きく、やりすぎなくらいテークバックをとっていた」

 そういえば、そんなことが書いてあった……。
「ごめん」私は掠れた声で謝った。

ゴルフはクラブで上手くなる!

『ゴルフはクラブで上手くなる!』
松尾好員
●B6判・並製・本文192頁
●1470円(税込)
●ゴルフダイジェスト社刊

 こんな調子がずっと続いたものだから、ハーフを終えると、私は彼と顔を見合わせながら昼食をとることにびくびくしていた。

 ところがおそるおそるレストランへ入ると、先に席についていた彼が、何とも爽やかな笑顔を浮かべて、私に手を振ったのだ。そして昼食中の彼は、終始にこにことして、友人のドジした話で私を笑わせてくれた。

 それどころか、彼はいままで怒っていたことなどすっかり忘れていたのだ!
「プレー中は、迷惑ばかりかけてごめんなさい」と私が改めてうつむき加減で謝ると、彼は大層やさしく「仕事で練習する時間もないし、その割には、上達していると思うよ」と励ましてくれた。

 しかし、後半のプレーでは再び怒り、怒り、怒り。
「クラブのことが知りたいっていうから『ゴルフはクラブで上手くなる!』っていう購入にも役立つ本を1カ月前に貸してあげたのに、これもまた君は無視したな!」

「本気でゴルフをする気があるのか?」
「プレーを見ていれば君の読んだ話は嘘だってすぐにわかるんだ」
「レッスン書はただ目を通しても読んだことにはならない!」
「君の素振りはイメージがなくて意味がない!」
「ラインなんて読めないくせに、読む振りをするのはやめろ!」

 もう、いいかげんにして!!

 途中でクラブを放り出さなかっただけでも、私は偉いと思う。こうして私は、彼が風呂に入ってロビーへ出てくる前に、黙ってゴルフ場を出て、彼のもとから去ることを決めた。

 彼がロッカールームに入ったと同時に、すでにタクシーの手配は済ませてある。もうすぐ来るだろう。だから、顔を洗っている暇などないのだ。

 ああ、私がコースを出てから数十分後、何も知らない彼はロビーのソファで、私がくるのを待つのだろう。いつものさわやかな笑顔を浮かべながら。


 

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