「『ありがとう』だと?」
「『「ありがとう」のゴルフ』ってのがあってさ、60歳でプロテストに合格したゴルファーの話なんだけど、――ゴルフは『ありがとう』の心で上達する!――って書いてあるんだ」
「貴様、ゴルフをしないのになぜゴルファーの本なんて読んでるんだ」
「古市プロがプロゴルファーになったのは、阪神淡路大震災で被災したことがきっかけだったんだけど、その物語(原作『還暦ルーキー』平山譲著/講談社刊)が今度映画化されるんだよ。話題の人の本だから読んでおこうと思ってね」
おやじは黙っている。続きを話せということだ。
「なんだ?」
「――スタート前とホールアウト後に、ゴルフができることへの感謝を込めて、脱帽してコースに一礼すること――。その習慣を始めてから――不思議と練習せずともスコアがようなりだした――そうだよ。話を聞いたプロたちも真似しているんだって。おやじもやってみれば? 練習前と終わりの一礼をさ。こんなに簡単にできるプロの真似なんて他にないよ」
おやじはじっと何事か考えていたが、しばらくすると「ふん」と言って、練習を再開した。
次の日、おやじをこっそり観察していると、きょろきょろと周りを見回してから、ぺこっと軽くお辞儀をして庭へ出て行った。くくっ、「ふん」とか言いいながら、やっぱり興味を持っていたんじゃないか。
一週間後、毎日お辞儀しているおやじを、俺はからかいたくなった。
尋ねると、おやじの態度が突然ゆるんだ。 思った以上の効果だ。おやじ、自分の頭をクラブであやまって殴りでもしたんじゃないだろうか。しかしこの一週間で、怒鳴り声を聞くことは少なくなった。
「突っ立ってるだけならあっちへ行け。気が散って練習の邪魔だ」 俺は『シングルになれる人の生活習慣』を差し出した。
「シングルになるためにはどんな目標を持ち、どんな練習をし、どんなプレーをして、日常をどう過せばよいのかっていうことが書かれているそうだよ。その中で紹介されている『速歩』は若返りの効果もあるんだって。おやじにぴったりじゃん」
練習に集中するようになったためか、おやじはの激昂ぶりはみるみる落ち着いていった。今では怒鳴り声などめったに聞こえてこない。 ある日、久しぶりにおやじの練習をのぞくと、庭の真ん中で背筋を伸ばし、あぐらを組んでいた。目を閉じ、じっとしている。
「おやじ、どうした?」
我が息子って……。おやじがこれほど変わったのは、数日前ゴルフへ行ってからだった。
おやじから写真を受け取ると、「ん?」と俺は首を捻った。 俺は開いた口が塞がらない。なんでこの人はこうも極端なんだ。 |
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