ゴルフの図書館
BOOKS 19番ホール
2006.11.17

興奮おやじ!


『「ありがとう」のゴルフ』


 おやじが健康のためにと、定年後にゴルフを始めた。しかし、
「あーっ! もう、やってられるか! なんで俺がクラブとボールなんぞに振り回されなくちゃいけないんだ!」
 この調子である。血圧が上がってかえって体を悪くすると思うのだが、おやじは発狂しながらも毎日練習を続けているのだ。
 練習している庭をのぞいてみると、おやじはクラブを握ったまま突っ立ち、周囲に散らばっているボールを順順に睨みつけていた。どのボールも自分の思い通りにならないから、苛立っているのだろう。ガンを飛ばしたってボールは言う事聞かないっての。
 興奮でプルプルと震えているおやじに俺は声をかけた。
「おやじさぁ、『ありがとう』って気持ちでゴルフしたことある?」


『「ありがとう」のゴルフ』

古市忠夫
●新書判・並製・本文206頁
---> ●860円(税込)
●ゴルフダイジェスト社刊




「『ありがとう』だと?」
 おやじは「ここで会ったが百年目。成敗してくれよう」とでも言うように、憎憎しい表情で、こちらを振り返った。あんなに奥歯を噛み締めたら、血管が切れるだけじゃなく、歯までボロボロになってしまう。

『「ありがとう」のゴルフ』ってのがあってさ、60歳でプロテストに合格したゴルファーの話なんだけど、――ゴルフは『ありがとう』の心で上達する!――って書いてあるんだ」

「貴様、ゴルフをしないのになぜゴルファーの本なんて読んでるんだ」
 きさまって……なぜこの人はこうも、怒りに打ち震えると、セリフが時代劇じみてくるのだろう。

「古市プロがプロゴルファーになったのは、阪神淡路大震災で被災したことがきっかけだったんだけど、その物語(原作『還暦ルーキー』平山譲著/講談社刊)が今度映画化されるんだよ。話題の人の本だから読んでおこうと思ってね」

 おやじは黙っている。続きを話せということだ。
「古市さんはプロになってから――街づくりや講演活動で忙しく、練習時間はアマチュア時代の5分の1ほど――しかなくて、クラブを振れない日も少なくないんだって。それなのに、プロゴルファー仲間が驚くほど、60歳を過ぎてから上達しているらしんだ。でね、上達した理由で思いつくことはひとつだけだなんだって」

「なんだ?」
 しかめっつらをしているが、おやじは興味津々の様子だ。今度は話の続きが知りたくてうずうずと震えている。

「――スタート前とホールアウト後に、ゴルフができることへの感謝を込めて、脱帽してコースに一礼すること――。その習慣を始めてから――不思議と練習せずともスコアがようなりだした――そうだよ。話を聞いたプロたちも真似しているんだって。おやじもやってみれば? 練習前と終わりの一礼をさ。こんなに簡単にできるプロの真似なんて他にないよ」

 おやじはじっと何事か考えていたが、しばらくすると「ふん」と言って、練習を再開した。

シングルになれる人の生活習慣

『シングルになれる人の生活習慣』
梅本晃一
●新書判・並製・本文200頁
●900円(税込)
●ゴルフダイジェスト社刊

 次の日、おやじをこっそり観察していると、きょろきょろと周りを見回してから、ぺこっと軽くお辞儀をして庭へ出て行った。くくっ、「ふん」とか言いいながら、やっぱり興味を持っていたんじゃないか。

 一週間後、毎日お辞儀しているおやじを、俺はからかいたくなった。
「おやじ、お辞儀の習慣続いてるじゃん」
「な、なんだお前、か、隠れて見ていたのか! 恥を知れ!」
「恥を知れってなんだかよくわからないけど、まあそれはいいとして、お辞儀するとなんか違うの?」

 尋ねると、おやじの態度が突然ゆるんだ。
「まあな。最初はバカバカしいと思ったんだが、続けるうちに気持ちが引き締まるようになったんだ。お辞儀することが、日常と練習とを切り替えるスイッチになるんだろうな。俺は練習の世界に入ったんだと思うことで、練習に身が入るようになった」

 思った以上の効果だ。おやじ、自分の頭をクラブであやまって殴りでもしたんじゃないだろうか。しかしこの一週間で、怒鳴り声を聞くことは少なくなった。

「突っ立ってるだけならあっちへ行け。気が散って練習の邪魔だ」
「いや、用事があるんだ。小2の頃からゴルフをしてる友だちがいるんだけど、そいつに俺のおやじが定年後にゴルフ始めたって言ったら、こんな本を貸してくれたんだ」

 俺は『シングルになれる人の生活習慣』を差し出した。

「シングルになるためにはどんな目標を持ち、どんな練習をし、どんなプレーをして、日常をどう過せばよいのかっていうことが書かれているそうだよ。その中で紹介されている『速歩』は若返りの効果もあるんだって。おやじにぴったりじゃん」
 おやじは黙って本を受け取った。黙っているのは興味のある証拠だ。

不老力

『不老力』
塩谷信男
●四六判・並製・本文224頁
●1260円(税込)
●ゴルフダイジェスト社刊

 練習に集中するようになったためか、おやじはの激昂ぶりはみるみる落ち着いていった。今では怒鳴り声などめったに聞こえてこない。

 ある日、久しぶりにおやじの練習をのぞくと、庭の真ん中で背筋を伸ばし、あぐらを組んでいた。目を閉じ、じっとしている。

「おやじ、どうした?」
「ああ、我が息子か。『正心調息法』といってね、『不老力』で紹介されているんだが、正しい心を持ち、腹式呼吸をすることで、心身が健やかになるんだ。古市さんが言っている感謝の気持ちと通じるものがある」

 我が息子って……。おやじがこれほど変わったのは、数日前ゴルフへ行ってからだった。
「先週は誰と回ったの?」
「ああ、コンペに参加したんだが、参加者の集合写真があるから見るかい?」

 おやじから写真を受け取ると、「ん?」と俺は首を捻った。
「坊主頭の人ばっかりじゃん」
「ああ、父さん改心しようと思ってね。お坊さんたちのゴルフに参加してきたんだよ。それで、今度出家しようと思うんだ。ほら、寺の案内をいろいろもらってきた」

 俺は開いた口が塞がらない。なんでこの人はこうも極端なんだ。


 

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