スタートホールから彼の行動は怪しかった。前の組のティショットをみんなが見ている隙に、彼はティグラウンドを囲む林の中へ消えていった。私も気づかれないように、さりげなく彼のあとを追う。
すると、彼はなんと相撲を始めた。太い樹木を相手に、押し相撲をしていたのだ。あっけにとられ、棒立ちになっていると、彼に気づかれてしまった。不覚だ。
「どうしました?」
聞く所によると、『ボールを打たずに上手くなる』(ゴルフダイジェスト社刊)に
「ここ一番で飛ばすドライブ・ドリル」というストレッチ法が掲載されているらしい。
彼はティショットまでの待ち時間に、必ずそれを行うという。つまり、さっきから彼がしている「押し相撲」がそれで、右打ちであれば、――左足を前に出して構えたら、右腰を押し込むようにして3秒から5秒、木を押す――。
ショット直前に行えば、手打ちを防いで――「インパクトで右腰が入り」、見違えるほどボールが飛ぶ――そうだ。
彼はここ数カ月で、飛躍的にスコアを縮めている。社内のゴルフ仲間がこぞって噂するのを耳に入れ、私の胸は騒いだ。なぜだ、私よりずいぶんスコアが悪かった彼がなぜ? しかし、いつも隣の席にいる彼に、「その秘訣は?」なんて聞くことはプライドがゆるさない。
ゴルフ歴7年の私に比べて、彼はまだゴルフ歴3年だ。年齢も彼の方が4歳下だ。ゴルフ歴もこの世に生を受けたのも、どちらも私の方が4年も早いのだ。へこへこと頭をさげることなどできるはずもなく、今日のゴルフで彼を徹底的に観察して、真相を突き止めると決めたのだった。
ストレッチを終えた彼は、朝イチショットの緊張はなく、落ち着いた様子で、難なくナイスショットを決めた。私はといえば、彼に見つかってしまった動揺から、ダボを叩いた。
次のショートホール。一番手に彼が打とうとしたとき、私はいかにも偶然を装いながら、5Iのヘッドカバーを外し、彼が立つティグラウンドへ飛ばした。
「うわあぁ。すっぽ抜けちゃったよ。邪魔してごめん」 「だめ! そのヘッドカバーは、その、彼女からのプレゼントで、誰にも障らせないって約束したんだ!」
とごまかして、ティグラウンドへ上がったついでに、彼のティアップの状況を盗み見た。
「ええ。今まで自分は高くティアップする方でしたけど、『伊沢利光の結論 アイアンショット』(池田書店刊)を読んでから低く変えたんです」 とりあえず全員のティショットが済むまで待ち、彼に低いティアップの理由を聞いた。虫眼鏡でのぞかなければわからないほど低いティアップは――ショートホールだからといって特別な打ち方やスイングの変化をしたくない――伊沢プロのこだわりだそうだ。 かといってティアップなしではボールが微妙に沈むので、ティを刺して調整するらしい。彼は低いティアップをまねてからショットが安定し、距離感がよくなってきたという。 それは、高いティアップでは入射角が不安定で、――前後の距離感が狂いやすい――からだ。さらにこのホール、彼はティショットでピン奥30センチの好位地にボールを落とし、バーディをとった。
それから彼は、スコアアップのヒントを色々と教えてくれた。たとえば岡本綾子プロの『LESSON!』(ゴルフダイジェスト社刊)を参考にしたという「内股式アプローチ」。内股に構えて――下半身を安定させる――だけだが、グリーン周りでのミスが続出しているときにミスが軽減されるそうだ。 こうしてホールごとに彼のプレーを観察すると、実にささいなことを、コツコツと着実に積み重ねたことで、スコアが大きく変化したことに気づかされる。私もレッスン書はくさるほど読んだが、その内容はおろか、タイトルもすでに半分近く忘れている。 反省した私は、プレー後、隠れて彼の技を盗もうとしたことを素直に謝った。すると思い掛けない返事が戻ってきた。
「何言ってるんですか。今日紹介した本のほとんどは、先輩の机に置かれていたものですよ。先輩が席を外す度に、コソコソ読んで、使えそうなものはコツコツメモしてたんです。あれ、てっきり気づかれて怒ってるのかと思いましたよ。書籍代を得して、スコアも伸びて、先輩には本当に感謝してますよ」 |
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