スタートまで30分ほど時間があるので、パター練習をしていた。すると、また男がやってきた。今度は練習の邪魔にならない芝の上を探すと、横向きで寝そべり、上になった足を真上にゆっくり上げている。
なんだ、ストレッチか。ロッカールームで行っていた奇妙なダンスもストレッチだったのだろうか。首を傾げながら尚も目をやると、脇に本が置かれている。私はそっと近づき、さりげなく表紙を盗み見た。
『ボールを打たずに上手くなる』(ゴルフダイジェスト社刊)。ああ、ゴルフに役立つ体のエクササイズを教えている石渡俊彦プロの最新刊だ。知人に勧められたまま、書店へ行くのを忘れていた。
なんでも、ラウンド前のエクササイズに始まり、ラウンド中のトラブルを解決するストレッチ、小技を磨くトレーニングなど、体の動きをスムーズにするためのドリル集だという。
ラウンドに限らず、普段からのコンディショニングも紹介されているから、ゴルフのスコアアップだけでなく、体の状態を正常に保つためにも有効だそうだ。
男に借りて、内容を少し読ませてもらいたいが、いま話しかけたらギロリと睨まれるだけだろう。男は先ほどのストレッチで、片足を限界の高さまで上げると、イテテテ、といった表情で、目をぎゅっとつぶっている。かなり体に効いているようだ。
スタート時間の10分前になったので、スタートホールへ向かうことにした。あれ、男の姿がいつのまにか消えている。ロッカールームでの騒がしさに比べ、ずいぶん静かに消えていったようだ。まあ、どうでもいいことだ。 しかし、男との縁はこれだけでは終わらなかった。スタートホールへ着くと、こちらに背を向け座禅を組んでいる男性が目に入った。目をこらすまでもなく、まあるい体はあの男だ。しかも私と彼とは同じ組だった。 といって他人に気をとられている場合ではない。私は一番にティショットすることになり、今さらながら、男のようにストレッチをしておけばよかったと悔やむ。冬の寒さと朝イチティショットの緊張とで、体が固くなっている。 輪をかけて、一昨日の練習でドライバーの調子がいまいちだったのも気にかかる。「僕はやれる、僕はやれる」、男がぶつぶつとつぶやく声が耳に入るが、ドキドキしていてそれどころではない。なんとしてもこのティショットを成功させて、スタートホールから波に乗りたい。
「前の組が離れたので、そろそろ行きましょうか」 いくぞ! 意気込んでクラブを振ったが……あれ〜、曲がった。狙いよりスライスして、ラフに落ちてしまった。がっくりうなだれる。 次に座禅をほどいた男の球は、ナイスショット! さっきまで男の不思議な行動を笑っていたのに、立場が逆転したようで、なおさら気が沈む。
すると、男が私に近寄り、話し掛けてきた。
「僕の持っていた本を気にして見ている様子が目に入ったものですから。プレーを終えたら、読んでみますか? お貸ししますよ」 「ははは、これから挽回すればいいじゃないですか。僕も朝イチのショットが苦手で、本を読んでは克服法を色々試しているんです。今朝もスタート前に、『ボールを打たずに上手くなる!』の中にある『冬の朝イチショットを成功させる』ストレッチをしていたんです」
「じゃあ、座禅を組んでいたのも」 「へえ、面白そうですね。私も読んでおけばよかった。最近ドライバーの調子が悪くて、今日は一日中ティショットに悩んでしまうかもしれません」
「だったら、ドライバーじゃなくて、他の得意なクラブを使えばいい。九カ条の六項目にあるんですよ。『クラブは自分のもっとも楽に使えるものを選択する』ってね」 「もう一冊、『45歳からシングルになる!』(PHP研究所刊)にも、『ゴルフはドライバーの1打で決まるもんじゃない』とあります。あなたのラフに入った球だって、次にリカバリーすればいいんです。朝一番のショットにしても、『18ホール回る中でのたった1打でしかない』と気楽に考えれば、いいショットを打てますよ」 男は思ったよりいい奴だった。しかし、あれだけ周囲に構うことなくストレッチやら、座禅を組んで集中力を高めるやらしておいて、「気楽に考えましょう」はないだろう。 とはいえ、毎回ティショットの度に緊張しているようでは進歩がない。男を見習い、幾つかのリラックス法を実践しながら、自分に合った方法を見つけていこう。 |
||||||||||||||||||
| Copyright(C) 2004 Golf Digest Sha Co., Ltd. All Rights Reserved. | |
![]() |
|