彼女の名は清元登子。ロビーの本棚から抜き出した一冊、『魂のレッスン』(ゴルフダイジェスト社刊)の中に彼女はいた。
1939年熊本県生まれの彼女は、24歳でゴルフを始め、5年後には日本女子アマに優勝している。3度目に同タイトルを奪取した翌年、74年にプロ転向。プロ生活10年間で7勝を達成した。現在は2年間会長を務めた日本女子プロ協会の副会長を兼任しながら、不動裕理ら女子プロの指導にあたっている。
「なぜ、あなたはうつむいているの?」うなだれている僕に、清元プロはそうささやきかけてきた。「ゴルフは楽しむものでしょう。『ポジティブシンキング』でプレーしなくちゃ」
今日一日の僕のプレーを思い返す。練習不足を自覚しているから、ショットの度にミスの不安がつきまとった。バンカーに入れたり、OBを打ってしまったときには、もうダメだ。クラブを叩きつけるぐらいにむしゃくしゃしてしまった。
清元プロは「バンカーにつかまっても『シマッタ!』と思わずに、『よーし、チャンスだ』と思えばいい」という。「練習の機会が出来た」と「前向き」にとらえて、「1打にしっかり取り組め」ばいいのだ。 そうすれば、ミスは「経験の蓄積」になり、上達するためのステップになる。目先のスコアに翻弄されていては、いつまでもその数字が壁になり、行き先を見失ってしまう。せっかく久しぶりのプレーが出来たんだ。一打一打をもっと大切にするべきだった。 そんな僕を、日頃からポジティブに考える癖をつければいいと、清元プロが励ましてくれる。「普段の自分が全部コースで出ちゃう」のがゴルフだ。日常生活をあたふたと送っている人間は、ゴルフでもやはり、ミスの度にあれこれ迷い、対策法が見つからない。 弟子達には「誰かが悲観的なことを言うと『その考え方はネガティブなんじゃない』と指摘し合う」ようにさせているらしい。日常的に自分の「性格的な弱点」を意識していれば、「2年」で確実にポジティブ思考に変われるというから、希望が湧いてくる。 さっきまで僕は、スコアが悪かった原因を、仕事の忙しさに半ば押し付けていた。清元プロの言葉を聞かなければ、明日は悲観的な気持ちで職場にいただろう。それが再び、ゴルフに悪い結果をもたらす。悪循環を繰り返すところだった。今日の悪いスコアは、清元プロに出会うためだった……さっそくポジティブ思考に切り替えよう。 また、「コースと同じリズムで歩く」ことも、日常生活でできる大切な練習だ。多くの世界のトッププレーヤーを観察して、清元プロが気づいたことだという。ミスに強くなる秘訣だ。一定のリズムを意識して身につけていると、プレッシャーのかかる場面でもスウィングが崩れにくくなる。 彼女たちは「フェアウェイを歩く速さも、ドライバーからパターまでのクラブを振るスピードも、バッグからクラブを抜くとくきのリズムも、すべて一緒」なのだそうだ。
そういえば、片山晋呉とアニカ・ソレンスタムのコーチ、ピア・ニールソンも、それぞれの著書で同様のことを語っていた。 片山「ボクは1234のリズムで歩いています……(中略)……ダラダラ歩きをしないで、ボールに向かって直線的に歩く。これがラウンド全体にリズム感を出し、プレーへの集中心を生み出す」『片山晋呉のゴルフの晋化論』(双葉社刊)。 ピア・ニールソン「タイガー・ウッズは好調なとき、ミスショットをしてもいつものようにシャキッとしています。背筋を伸ばして頭をスッと上げて、大股でテンポ良く歩いている」「精神状態だけでなく、同じ『姿勢』を心がけることでも結果は変わってきます」『ゴルフ54ビジョン』(ゴルフダイジェスト社刊)。 よし、どんどんやる気が出て来たぞ! 仕事に追われていても、ゴルフのために出来ることはたくさんある! 「おい、いつまでもへこんでるなよ」 おっ、仲間たちが支度を終えたようだ。彼らがのんきに風呂につかっている間、僕は目覚ましい成長を遂げたんだ。ニコニコ顔で近づいて、おどかしてやろう。さっきまでのふてくされた表情から、一変している僕に驚くはずだ。 僕は書籍を本棚に戻すと、「いっち、に、いっち、に」と心の中でかけ声をかけながら、一定のリズムを意識して、仲間のもとへ向かった。 |
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